お知らせ

◆10月第2週の礼拝予告
■日 時:2022年10月9日(日)10:30-11:30 聖霊降臨節 第19主日
■説 教: 保科けい子 牧師
■説教題:「仲介者、キリスト・イエス 」 
■聖 書:テモテへの手紙一2章4―6節(新約p385)
■讃美歌:51「愛するイエスよ、われらここにあり。」530「主よ、こころみ うくるより、」

◆10月の立川教会の定例集会の案内
【毎日曜日】
・教会学校(幼児・小学生対象):8:30-9:00
・ジュニア礼拝(中高生対象):9:15-9:45
・主日礼拝:10:30-11:30

【毎水曜日】
・聖書研究・祈祷会: 10:30-11:30
 現在、旧約聖書の「創世記」を読んでいます。

主日礼拝ライブ(同時中継)礼拝の視聴方法

https://www.facebook.com/tachikawachurch/live

にアクセスします。
(お気に入り登録をしておくと、その都度URLを入力しなくも済みます。)

※Facebookユーザーでなくても、礼拝の視聴は可能です。
※Facebookユーザーでない場合、「ログイン」または「新しいアカウントを作成」の画面表示が出ますが、ログインや新しいアカウントを作成しなくても視聴することができますので、無視して問題ありません。
※お手持ちのデバイス(パソコン・スマホ・タブレット等)で視聴する場合、音声が小さく聞こえにくい場合があります。その際は、イヤホンを使用すると音声が聞こえやすくなる場合がありますので、ご利用ください。

◆日本基督教団立川教会 創立1951年2月11日 主任担任教師 保科けい子
◆〒190-0022 東京都立川市錦町3丁目11番9号 電話/FAX042-523-2023
◆郵便振替 口座名:日本基督教団立川教会 口座番号:00110-1-92251
◆郵貯銀行 預金種目:当座預金 店名:0一九 口座番号:0092251
◆教会墓地 八王子市南淺川町3079 第二高尾霊園(京王線高尾山口駅下車徒歩20分)

10月第1週の礼拝説教
■日 時:2022年10月2日(日)10:30-11:30 聖霊降臨節 第18主日
■説 教: 保科けい子 牧師
■説教題:「その独り子、われらの主 」
■聖 書:ヨハネによる福音書3章16―17節(新約p167)
■讃美歌:194「神さまは そのひとり子を」513「主は命を 惜しまず捨て」

最初に、皆さんのお手元にある週報をご覧になってください。表紙右側と礼拝の式次第の記されている面の上部に、少し順序は違いますが、本日の日付と「聖霊降臨節第18主日」とあり、括弧でくくって(世界宣教の日)と記してあります。実は、私自身はこのように主の日を細かく覚えるという習慣のない教会でこれまで過ごしてきました。せいぜい、アドベントから始まり、クリスマス、受難節、イースター、ペンテコステ、平和主日ぐらいを特に覚えてきました。けれども、立川教会の場合にはすべての主の日を日本基督教団の定めに基づき覚えて礼拝をしています。そして、日本基督教団は10月の第1日曜日を「世界聖餐日・世界宣教の日」に定めています。前者は1930年代にアメリカの長老派教会で始まり、1940年にアメリカ全体に広まったエキュメニカルな運動であり、現在はカトリックとプロテスタント諸教派が相互の違いや多様性を認め合い、分断や対立から一致へと向かう超教派運動として世界中で行われています。私自身は、本日の礼拝の中で聖餐式を執行するという事実の中で、そのことは自明のこととなっていると考えていますので、本日の立川教会の週報には、「世界聖餐日」と記しませんでした。しかし、後者の「世界宣教の日」については、戦後に教団が世界聖餐日を採用するに当たり、世界の教会の一致の証として世界宣教のために協力し合うことを目的として定められ、現在は海外で働く宣教師やアジア圏から教団関係学校に留学している学生を覚える日になっていますので、ご一緒に覚えたいと願って記しました。

ところで、本日の週報の【牧師室より】にも記しましたが、私は先週の9月27日(火)に仙台にある宮城学院の理事会に出席しました。宮城学院は、アメリカのペンシルバニア州にあるいくつかの教会の祈りによって派遣された二人の女性宣教師と、私の前々任地であった仙台東一番丁教会(当時の仙臺教会)の初代牧師であった押川方義によって、1886年9月18日に創立された女学校が土台となっています。いずれの方々も聖書の御言葉で言うならば、マタイによる福音書28章19節から20節の主イエスの大宣教命令である「19 だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、20 あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」を根拠として、お働きになったと思います。そして、日本にある多くのキリスト教主義の学校は、同様の成り立ちであると思います。本日はそのことも祈りに覚えましょう。

さて、本日の聖書箇所は聖餐式の中で朗読している御言葉の一つであるヨハネによる福音書3章16節「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」が含まれていますので、覚えておられる方も多いことでしょう。けれども、本日は使徒信条の文言に関連付けて考えていきたいと思います。使徒信条はその内容によって三つに分けられると言われています。第一部はすでにお話ししていりましたが、「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。」という部分で、父なる神とわたしたちの創造について告白しています。第二部は「我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。」から始まり、子なる神とわたしたちの贖いについて告白しています。第三部は「我は聖霊を信ず、」から始まり、聖霊なる神とわたしたちの聖化について告白しています。そして、ただ一人の神がおられることを「父なる神、子なる神、聖霊なる神」と三つの位格で呼び、三位一体の神とも呼んでいるのです。そして、本日の聖書箇所ヨハネによる福音書3章16節では、「子なる神」について、「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」と簡潔に断言しているのです。宗教改革者のマルティン・ルターは、この御言葉を「小さな聖書」「小聖書」、または「小型の福音」「小福音」と呼んだと言われています。この小さな御言葉の中に、福音の全体が要約されている、という意味です。ルターは、聖書というのは、イエス・キリストがそこに寝かされている飼い葉桶のようなものだとも言いました。私たちは、聖書を通して、生きておられる主イエス・キリストとお会いすることができる、言い換えれば、聖書は、私たちが主イエス・キリストと出会う場所だと言うのです。そして、その聖書が証しする福音の全体が、このヨハネによる福音書第 3 章 16 節に集約されている、と言うのです。ルターは、死の間際に、ルター自身が「小聖書」「小福音」 と呼んだこのヨハネによる福音書 3 章 16 節の御言葉を口にして、祈りつつ息を引きとったと言われています。 「主イエス・キリストよ、私の魂をあなたに委ねさせてください。天の父よ、私はこの体から引き裂かれようとも、あなたのもとでとこしえに生きることを知っています。神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。これは本当のことだ。アーメン。父よ、あなたの御手に私の魂を委ねます」。そう祈って、生涯を閉じたと伝えられています。

では、私自身はどうだろうか、そのような自分自身への問いを投げかけながら、先週一週間を過ごしました。この世界とそこに住む私たち人間は、主なる神が天地創造の後で「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。」と記されているような本来の形を失ってしまっているのではないかと思われるほどに、崩れてしまっている状況にあると言えるでしょう。そのような中に私たちが置かれていても、「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。」という御言葉を素直に聞き続けることができるだろうか、とも思います。そのような中で、キリスト教の信仰は逆説である、ということをもう一度考えさせられました。この世が極めて良いので、主なる神は独り子をお与えになるというのではない、ということを実感したのです。世界の行く先がなかなか見えてこず、国が失われ多くの人々が戦いに駆り出されるという絶望的な状況があり、人々の心の奥底で泣く声の満ちているこの世だからこそ、主なる神はこの世を愛されるのではないか、そして、それゆえに独り子をお与えくださるのではないか、と思えるようになったのです。 主なる神が独り子をこの世にくださった歴史上の出来事が起こったときも、おそらく、国と国は敵対しており、多くの人々が苦しみや悲しみの中に置かれていました。2000年前も現在も、そのことにおいては変わりがありません。だからこそ、主なる神様は「独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るため」に世を裁くためではなく、御子によって世が救われるため」に「その独り子をお与えになった」のです。私たちは、その独り子が十字架において裂かれた身体と流された血潮を、この後で聖餐式において覚えるのです。時差がありますけれども、10月最初の主の日である本日、世界中の主日礼拝で聖餐式が行われ、世界中に出かけて行って主イエス・キリストの救いを宣べ伝えることが新しく始まる、そのような礼拝を私たちも共にささげていることを覚えたいと思います。

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お読みいただいた上記の文章は、主日礼拝の説教のために準備したものです。実際の説教の内容は、この文章をもとに、共に礼拝をおささげしている皆様方の祈りに支えられながら、その時その時に示された言葉を語っています。どうぞ、オンラインでも、共に礼拝をおささげいたしましょう。

立川教会牧師  保科 けい子