◆立川教会の定例集会の案内
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3月第3週の礼拝説教
■日 時:2026年3月15日(日)10:30~11:30受難節第4主日
■説 教: 保科けい子牧師
■聖 書:新約:マルコによる福音書9章2~10節(新約P78)
■説教題:「 この言葉を心に留めて 」
■讃美歌:4( 世にあるかぎりの ことばをもて)298( ああ主は誰がため 世にくだりて、)
先週の水曜日に3月11日を迎えましたので、週報の【牧師室より】に、東日本大震災が発生した当日のことを短く記しました。これまでも3月11日に近い主日礼拝では、東日本大震災と私自身の歩みを断片的に語ってきましたが、東日本大震災から15年目を迎えた本日は、もう少し丁寧にお話ししておこうと思い立ちました。パソコンの中のファイルを探しておりましたら、2022年3月11日金曜日に、仙台の宮城学院女子大学で「3・11東日本大震災記念礼拝」が行われました時に、説教者として招かれた時の原稿が見つかりました。その時の私は、大震災後の11年間をどのような思いで歩んできたのかを率直に語っておりますので、本日はその前半部分をお読みしたいと思います。
2011年3月11日金曜日午後2時46分、私は母校の東京神学大学の卒業式で卒業生に「励ましの辞」を述べるために、礼拝堂の講壇の上におりました。学長の告辞の時に大きな揺れが起きました。少し中断の後、式次第どおりに進行し、私の「励ましの辞」のときに第二震が来ました。私も少しだけ話を中断し、「本日の卒業式は、皆様にとっては生涯忘れられない日になることでしょう。なぜなら、たとえ地の基は震い動くとも主なる神の御言葉は固く立つということを実感なさったと思うからです。」と語り出し、「励ましの辞」を続けました。そのときに心に浮かんだのが詩編46篇2~4節の御言葉でした。式の終了後、宮城県あたりで震度7の地震らしいと聞きました。その日は、夫も東京に用事で出ておりましたので、待ち合わせをいたしました4時過ぎに最寄りの中央線武蔵境駅の閉鎖された改札口近くのテレビで、名取川を遡る津波の映像を見ました。特撮映画のようで、とてもこの世のものとは思えませんでした。名取川というのは、仙台市と名取市の間に流れている大きな川です。その後、新幹線や公共の交通機関のほとんどがストップし、仙台の飛行場が津波で壊滅状態で飛行機が飛ばない中、東京から仙台までのルートを探しながら、やっと3月14日(月)の夜に帰ってくることができました。つい数日前までは仙台一番の華やかさを誇っていたアーケード街が、照明も薄暗く人通りも少なくなって静まっておりました。そのアーケードを通り抜けて帰った私の牧しております仙台東一番丁教会は、ほとんど無傷でした。
ところで、2012年度と2013年度の二年間、私は週に二日、キリスト教センターの主事として宮城学院におりました。そこで聞いた二人の学生の話は、今なお忘れることができません。一人は、家が津波の被害に遭ったので大学の授業料は免除されたけれども、下宿はマンションから木造アパートに移り、本来ならば東京の大学生だったはずの専門学校生の弟さんとアルバイトを掛け持ちしながら生活しているということでした。もう一人は、翌年の一月に着るはずだった成人式の晴れ着がお祖母様と一緒に流されてしまったということでした。大震災から一年以上を経過し、淡々と自分たちの現状や体験を語っている様子に、宮城学院の関係者だけでもどれほど多くの方々が様々な形で被災されて傷ついておられるだろうか、と思わされたことでした。それに比べて私自身は、震災の当日は仙台にいませんでしたので大地震の揺れの恐ろしさも体験せず、ほとんど震災以前の状態で日常生活を続けられているという負い目があり、今日でも日々の祈りにつながっています。
2016年4月より福島市に移り住みました。夫が「東北教区放射能問題支援対策室」の活動を始めてから、大震災の地震と津波により発生した福島第一原子力発電所の事故の影響について、自分達自身のこととして考えていきたいという思いがありました。私が遣わされた福島荒井教会は福島市西部の山沿いにあります。その関連幼稚園の敷地に設置されているモニタリングポストの数字と、住まいである街中の福島教会の近くの小学校の敷地の数字は、その当時も今も約2倍の開きがあります。荒井は大震災当日の風向きで放射能汚染を免れたようです。しかし、街中は盆地の底に位置しているので、汚染された空気が蓄積されたのにもかかわらず建物が多く十分な除染ができなかったようです。またこの数年、福島市や相馬市、南相馬市の方々と親しくなり話をするようになりました。しかし、ほとんどの方は「原発事故」や「放射能汚染」問題には触れません。決して無関心でいるというのではないのです。カタカナで表記される「フクシマ」に生きているがゆえに、今なお深い苦しみと悲しみがあり語ることができないのです。当時、原発事故から離れた仙台という安全圏に住んでいた私は、この数年間、その方たちにどれほど寄り添うことができただろうか、と問われています。
大震災後にふとしたことから、40年以上も前に母教会の牧師から教えられたパウル・ティリッヒという神学者の「地の基ふるい動く」と題された説教を思い出しました。第二次世界大戦後の1947年に出版されています。その中で「聖書は常に、世の初めと終わりについて語ってきた。聖書は世の基の置かれる前の永遠について語り、神が地の基を置き給う時について述べ、さらにこれらの基が揺り動かされること、そして世の崩壊について語っている。」と述べています。そして、1999年に新しく訳し直された結びでは「私どもはたまたま、自分の仲間でも、国家でも、この地上のどこかの部分でも、その終焉を忘れることに成功する者がほとんどないような時代に生きております。なぜならば、今日、地の基が実際に震い動いているからであります。 私どもは目をそらさないようにしたいと思います!耳も、口も閉じないようにしたいと思います!むしろ、一つの世界の崩壊を通じて、永遠の巌を、終焉を知らぬ救いを、見るようにしたいと願うのであります!」と力強く述べられています。
さて、本日の聖書箇所にまいりましょう。マルコによる福音書9章2節以下は、「六日の後」という状況説明から書き出されています。では、六日前に何があったかと言えば、8章の後半に記されているように、ペトロの信仰告白がなされ、それに続いて主イエスご自身が受難予告をされ、「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」との招きの言葉を語られ、9章1節に記されているように「はっきり言っておく。ここに一緒にいる人々の中には、神の国が力にあふれて現れるのを見るまでは、決して死なない者がいる」と、宣言されたのです。それから「六日の後」に、主イエスは、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの三人の弟子を連れて高い山に登られました。その時、主イエスの姿が彼らの目の前で変わり、3節にあるように「服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった」のです。これは「山上の変貌」と呼ばれる出来事です。その主イエスの栄光の姿を、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの三人の弟子たちは見たのです。この出来事によって、六日前の主イエスの宣言は実現し始めたのです。かれらは、世の終わりに現れる神の国の力、主イエスの栄光を、今のこの世を生きる中で垣間見ることを許されたのです。そこに、「エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた」と4節にあります。エリヤとモーセは旧約聖書を代表する人物です。エリヤは預言者の代表ですし、モーセはシナイ山で主なる神様から十戒を授かった人であり、律法の書、すなわち創世記から申命記までを書いたとされる律法の代表者です。その二人が現れて、栄光の姿の主イエスと語り合っていたのです。このことは、第一には、旧約聖書の全体が主イエスとつながっているこを示しています。律法と預言者、つまり神の民であるイスラエルの歴史の全体が、主イエスに繋がっており、そして主イエスから、新しいイスラエル、すなわち新しい神の民の歴史が始まるのです。この山上での出来事はそのことを教え示していると言えるのです。
しかし、この時のペトロ、ヤコブ、ヨハネには、主イエスの真っ白い栄光の姿しか目に入りませんでした。この栄光のお姿を見て、ペトロは語っている本人さえ意味が分からないことを思わず叫んだのです。5節「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです」。彼は自分が信じて従って来た主イエスが今、栄光に輝く姿で目の前におられる、そして、自分たち三人がそれを見ることのできる選ばれた者となったのだ、と思い有頂天になってしまったのでしょう。けれども、その出来事はすぐに雲によって隠され、「これはわたしの愛する子。これに聞け」というみ声が響き、気がつくともとの姿の主イエスが共におられました。そして9節では、6日前にペトロが主イエスに対して「あなたはメシアです」と告白した時に、主イエスが「御自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒められた」と同じように、「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけない」と、弟子たちに命じられたと記されています。「今見たこと」とは勿論、山上の変貌の出来事、主イエスの栄光のお姿が現れたということです。それを誰にも話してはならないと主イエスは口止めなさったのです。しかし何故、このことを人に話したらいけないのでしょうか。弟子たちは、主イエスの栄光のお姿を見たという素晴らしい体験を他の仲間たちにも一刻も早く伝えたいと思ったでしょうし、さらに多くの人々にそれを伝えることによって、主イエスを信じ従って来る人々が新たに起されるだろう、という希望も抱いたことでしょう。しかし、主イエスはそれを誰にも話すなと命じられたのです。
10節をご覧ください。そこには「彼らはこの言葉を心に留めて、死者の中から復活するとはどういうことかと論じ合った。」と記されています。9節で、「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけない」と厳しく命じられたからこそ、その言葉を心に留めて、深く考えることができたのではないでしょうか。そして、主イエスの十字架の出来事と復活が起こった時、その出来事が主イエスの栄光と深く結びつけられていることを知ったのだと思います。 私たちもこのことを、しっかりと心に留めて歩みたいと思います。
最初に大震災の話をいたしました。そして今なお苦しんでいるPTSDという状況に置かれている方々は、声を上げない人ほど、非常に苦しく深刻な中に歩んでいると言われています。そのことを誰かに話しても何も苦しみは変わらない、と心を閉ざしている人がたくさんいます。けれども、主イエスを信じる私たちは、私たちを生かしてくれる、深く心に刻むべき御言葉を知らされています。私自身の中にただ蓄積しているというものではなく、私たち自身を本当に深く生かしてくれるのは御言葉です。自分自身で御言葉を一つでもよいので心の中に留めて、この受難節の間、深く考えていきたいと思います。その中から、本当に主イエス・キリストの苦しみを覚え、また復活を心から願う、そのような信仰が湧き上がってくるのではないでしょうか。
お祈りをします。
主なる神様、先週の3月11日は15年前の東日本大震災の出来事をまた深く覚える、そういう時でもありました。そして、何よりも主イエス・キリストが十字架の道行きを始められ、私たちの罪のために十字架におかかりになる、そのことを深く覚える時でもありました。私たちの歩みはいつもあなたの御心にかなっているわけではありません。時に暴走し、目先のことに心を奪われてしまう、そういうものであります。また世界も今、争いが絶えずこの時も多くの人の命が失われていきます。そのような中にあって、自らの無力さを嘆く、そういう日々でもあります。しかし、そういう中にあっても,あなたの御言葉により頼み、深く祈りをささげ、また他の人々のために祈り合う、そういう思いを与えてください。どうぞこの一週間も、主なる神様に従って歩んでいく、そういう歩みを続けていけますように導いてください。この祈りを主イエス・キリストの御名によって、おささげいたします。アーメン
立川教会牧師 保科 けい子
