お知らせ

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◆日本基督教団立川教会 創立1951年2月11日 主任担任教師 保科けい子
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1月第5週の礼拝説教

■日 時:2023年1月29日(日)10:30-11:30 降誕節第6主日
■説 教: 保科けい子 牧師
■説教題:「 惑わされないように 」
■聖 書:ルカによる福音書21章1~9節(新約p151)
■讃美歌:90「主よ、来たり、祝したまえ。」531「主イェスこそわが望み、」

今年は、日本基督教団が定めている聖書日課から主日礼拝の聖書箇所を取り上げています。それによりますと、本日はルカによる福音書21章1節から9節が選ばれています。週報をご覧になったとき、あるいは司式者が朗読しているときにもおかしな区切り方だな、と思われたのではないでしょうか。私自身も、1月19日(木)に先週の1月22日の週報を作成する時、本日1月29日の予告をするので、聖書日課を何度も確認してしまいました。けれども、〈新しい神殿〉というテーマが示されていたので、そのことを頭に置きながらこの箇所の前後を読み続けていくうちに、本日の説教題にしてあります8節の「惑わされないように」という御言葉に出会いました。

本日のルカによる福音書21章は、一般には1節から4節を一区切りとして読まれることが多いのです。主イエスは、19章で過ぎ越しの祭りの時期にエルサレムに入られ、毎日エルサレム神殿の境内で教えておられた、と記されています。年に一度の過越しの祭りですから、全国から集まってくる人々でエルサレムの町は賑わい、特にエルサレム神殿は、大勢の礼拝者たちで一杯だったと思われます。普段はあまり神殿に近づかないような金持ちたちもやって来て、賽銭箱に献金を入れていました。主イエスはそのような中で、「目を上げて」とありますように、ご自身がしっかりと目を注いで献金する人々を見ておられたのです。だからこそ、4節にあるように「あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが」というような、具体的に言えば、大きくて立派で中身もはち切れそうな財布からいくら献金しようかと迷いながらお金を出している状況が見えてきたのでしょう。「有り余る」とは、溢れ出るという言葉です。金持ちは、自分の生活を十分に満たしたうえで、そこから溢れ出て余ったところから献金したということになります。しかし、やもめは、おそらく最初から心備えをして何の迷いもなく「レプトン銅貨二枚を入れ」たのです。現在のお金にしたらおそらく100円か200円というところでしょう。しかし、それは「乏しい中から持っている生活費を全部入れた」ものでした。「乏しい中」と訳されている言葉は、赤字と訳せる言葉です。ですから、生活から溢れ出た余剰分をささげた金持ちたちとは違って、それを献げてしまうとその日の生活費が赤字になりその日の食べ物にも困るほどになってしまうほどでした。そして、「生活費」という言葉も、命、あるいは人生、という意味をも表す言葉ですから、主イエスの目は、そのやもめ姿から彼女の日々の生活、さらにはその人生をも見通しておられたのです。だからこそ主イエスは、彼女のレプトン銅貨2枚を入れるのを見て、「確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた」と言ってくださったのです。そして、そこから私たちは、私たちのささげる献金を通して、私たちの心の内側の思いや願いを主イエスは大事に汲み取ってくださる、ということを知らされるのです。

では、1節から4節までと5節から9節まではどのようなつながりがあるのでしょうか。それを考えるうえで重要なのは、主イエスがどこに位置しておられるか、ということです。最初にお話ししましたが、エルサレムに来られた主イエスが毎日神殿の境内で教えておられたことは19章の47節に語られていました。同じことが21章の終わりの38節にも語られています。つまり、その間に挟まれている20章と21章に語られていることは全て、神殿の境内が舞台なのです。5節に「ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると」とあります。この当時のエルサレム神殿は、主イエスの誕生の話に登場するヘロデ大王が何十年もかけて改修工事をした大変壮麗なものでした。しかし、6節にあるように「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る」、つまりこの神殿が徹底的に破壊され、崩されてしまう日が来ると主イエスは語られました。このことは、やがて紀元70年にローマ帝国によって現実のものとなりました。

しかし、主イエスがここで本当に語ろうとしておられるのは、エルサレム神殿がもうじき崩壊する、ということではありません。エルサレム神殿の崩壊を予告した主イエスは、そのことによって、この世の終わりへと人々の思いを向けさせようとしておられたのです。エルサレム神殿の崩壊、それはユダヤ人たちにとっては、一つの大きな建物が壊れるというだけではすまない、もっと大きな意味を持っていたのです。それは自分たちの培ってきた伝統、信仰、文化、生活全体の崩壊です。また、国の崩壊、滅亡でもあります。一つの建物だけでなく社会全体が崩壊し、破局が訪れるのです。ユダヤ人たちにとってそれは神様がお造りになったこの世の終わりをも意味するような事柄でした。自分たちが生きてきた世界が「終わる」ことを、彼らは主イエスのこの言葉によって意識させられたのです。人々は、「そのことはいつ起こるのですか」「どんな徴があるのですか」と問いました。それを知ることによって少しでも備えをしたい、というのは、私たちの思いでもあります。7節で人々が主イエスに問いかけたと同じことを私たちも知りたいと願っているのです。なぜなら、今の私たちは、3年目に入る新型コロナの感染がどうなるのかという見通しも立たず、欧米がウクライナに戦車を提供することに対抗してロシアがウクライナ全土にミサイル攻撃を仕掛けたニュースが流れ、日本でも大雪や10年に一度の寒さなどがあり、この世の終わりが迫っているのではないかという漠然とした不安を感じさせられています。


 そのような私たちにとっても切実な問いかけに、主イエスは8、9節で「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。9 戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。」とお答えになりました。主イエスは先ず、「惑わされないように気をつけなさい」と語られています。世界が、また社会がこのような不安の中にある時には必ず、私たちを惑わそうとする者たちが現れて来るからです。主イエスの名を名乗る人々が現れて「わたしがそれだ」、それはつまり自分こそ救い主だと言うということでしょう。「時が近づいた」というのも、「あなたがたの救いの時が近づいた」ということで、つまり「救い主である私が現れたのだからもう大丈夫だ、私のところに来なさい、そうすれば救われる」ということです。しかし、そういう者たちに「ついて行ってはならない」と主イエスは警告しておられます。崩壊に直面し、苦しみや不安が社会に満ちる時には必ず、「私に従っていれば大丈夫だ」と言って人々を安心させ、そして恐ろしい闇へと連れて行こうとする者が現れるというのです。今この社会にはそういう偽りの安心を語る言葉が満ちています。しかし私たちは、これらの言葉を語られた主イエスがどこに立っておられるかをしっかりと見定めたいと思います。主イエスは、崩壊を予告したエルサレム神殿の中で、心からの献げものをしているやもめに目をとめられました。それはまさに、ご自分がやがて十字架の死から復活して、そのような真摯な献げものにふさわしい新しい神殿となることを示されたことでもありました。私たちは、その主イエスがお語りになった「惑わされないように気をつけなさい」という御言葉に信頼して歩み続けましょう。

【ホームページをご覧いただいているみなさまへ】
お読みいただいた上記の文章は、主日礼拝の説教のために準備したものです。実際の説教の内容は、この文章をもとに、共に礼拝をおささげしている皆様の祈りに支えられながら、その時その時に示された言葉を語っています。どうぞ、オンラインでも、共に礼拝をおささげいたしましょう。

立川教会牧師  保科 けい子

1月第4週の礼拝説教

■日 時:2023年1月22日(日)10:30-11:30 降誕節第5主日
■説 教: 保科けい子 牧師
■説教題:「 聖書の言葉の実現 」 
■聖 書:ルカによる福音書4章16~30節(新約p107)
■讃美歌:17「聖なる主の美しさと」451「くすしきみ恵み われを救い、」

1月第3週の礼拝説教

■日 時:2023年1月15日(日)10:30-11:30 降誕節第4主日
■説 教: 保科けい子 牧師
■説教題:「 お言葉ですから 」 
■聖 書:ルカによる福音書5章1~11節(新約p109)
■讃美歌:57「ガリラヤの風かおる丘で」516「主の招く声が聞こえてくる。」

1月第2週の礼拝説教

■日 時:2023年1月8日(日)10:30-11:30 降誕節第3主日
■説 教: 保科けい子 牧師
■説教題:「 初めであり、終わりである方 」
■聖 書:ヨハネの黙示録第22章6~21節(新約p479)
■讃美歌:18「こころを高くあげよ!」472「朝ごとに主は 目を覚まさせ、」

12月第4週の礼拝説教

■日 時:2022年12月25日(日)10:30-11:30 クリスマス礼拝
■説 教: 保科けい子 牧師
■説教題:「 彼らの泊まる場所 」 
■聖 書:ルカによる福音書2章1~7節(新約p102)
■讃美歌:261「もろびとこぞりて いざ、むかえよ。」271「喜びはむねに 満ちあふれる、」

12月第1週の礼拝説教

■日 時:2022年12月4日(日)10:30-11:30 待降節第2主日
■説 教: 保科けい子 牧師
■説教題:「 救い主である神 」 
■聖 書:ルカによる福音書1章46~56節(新約p101)
■讃美歌:242「主を待ち望むアドヴェント(2節)」175「わが心は あまつ神を 尊み、」

11月第4週の礼拝説教

■日 時:2022年11月27日(日)10:30-11:30 待降節第1主日
■説 教: 保科けい子 牧師
■説教題:「 主を身にまとい 」 
■聖 書:ローマの信徒への手紙13章11~14節(新約p293)
■讃美歌:242「主を待ち望むアドヴェント」231「久しく待ちにし」

11月第3週の礼拝説教

■日 時:2022年11月20日(日)10:30-11:30 降誕前第5主日
■説 教: 保科けい子 牧師
■説教題:「 救いをもたらすために 」 
■聖 書:ヘブライ人への手紙9章23~28節(新約p411)
■讃美歌:149「わがたまたたえよ、主なる神を。」458「信仰こそ旅路を みちびく杖」

11月第2週の礼拝説教

■日 時:2022年11月13日(日)10:30-11:30 降誕前第6主日
■説 教: 保科けい子 牧師
■説教題:「 わたしは主を見ました 」 
■聖 書:ヨハネによる福音書20章11~18節(新約p209)
■讃美歌:325「キリスト・イエスは ハレルヤ、」474「わが身の望みは」

11月第1週の礼拝説教

■日 時:2022年11月6日(日)10:30-11:30 降誕前第7主日(召天者記念礼拝)
■説 教: 保科けい子 牧師
■説教題:「陰府(よみ)に身を横たえようとも 」 
■聖 書:詩編139篇(旧約p979)
■讃美歌:156「目を上げ、わたしは見る、山々。」385「花彩る春を この友は生きた、」