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11月第5週の礼拝説教

■日 時:2025年11月30日(日)10:30~11:30 待降節第一主日礼拝
■説 教: 保科けい子牧師
■聖 書:新約:テサロニケの信徒への手紙一5章1~11節(新約P378)
■説教題:「 主の日は来る 」 
■讃美歌:229(いま来たりませ、救いの主イェス)509(光の子になるため 従いて行きます。)

本日は、教会暦では新年の最初の日になります。この世のカレンダーでは11月の最後の日なので、新年の始まりと聞いてもあまり説得力を持たないかもしれません。しかし、本日の夜からは教会の庭にはクリスマスのイルミネーションが点灯し、道を行く人たちに「クリスマスシーズンなのだ」という印象を与えることでしょう。本日の日本基督教団の聖書日課では、そのような待降節の始まりということを意識して、「主の日は来るということ」が記されているテサロニケへの信徒への手紙一5章1節から11節が選ばれているのかもしれません。

テサロニケへの信徒への手紙一は、パウロの手紙の中で一番早い時期に書かれたものです。
さらに言うならば、新約聖書27巻の中でも最初に書かれたものと考えられています。使徒 パウロは、紀元49年ころテサロニケを訪ねました。テサロニケ(ギリシャ)は、自然に恵まれた良港を持ち、ローマと東方世界を結ぶ街道に沿っており、海陸両方の交通の要地、ローマ帝国のマケドニア県の首都でした。テサロニケの町は当時マケドニアとギリシャ人が多く住んでいましたが、離散のユダヤ人(ディアスポラ)の居住地もありました。ユダヤ人は、この町に礼拝所でもあり律法を学ぶ場でもあるシナゴーグ(会堂)を建てていました。パウロはこの会堂を拠点に宣教活動を展開し、キリスト教への回心者を得て教会を設立しました。そのようなキリスト者の多くは異邦人でした。パウロの宣教の成功をねたんだユダヤ人はパウロの宣教活動を妨害したため、パウロは長いことここに留まることはできす、アテネへと出発したのでした。そして、コリントへ到着し長い期間滞在しました。その滞在中の50年から52年ごろ、この手紙は書かれたと言われています。それらのことを踏まえて読んで見ると、使徒パウロが最初のころの宣教旅行で何を語っていたのか、当時のキリスト教の信徒たちの関心はどのようなことであったか、ということが見えてきます。

ところで、本日の聖書箇所テサロニケの信徒への手紙一5章1節は、「兄弟たち、その時と時期についてあなたがたには書き記す必要はありません。」と書き出されています。「その時と時期」は、聖書の元の言葉では、ギリシャ語で一般的な時を表す「クロノス」という言葉と、特別な約束された時を表す「カイロス」という言葉が重ねて用いられています。言い換えれば、私たちの置かれているこの世界には、私たち人間が日常的にとらえることのできるこの世の時の流れと、主なる神のご支配される特別な時の流れがある、ということを述べています。主なる神のご支配される特別な時の流れがこの世の時の流れに介入して来られる時とは、たとえば、それは主イエスの降誕という時でもあるのです。テサロニケの信徒への手紙一では、具体的には、その前の4章の後半の15節以下に語られている「主が来られる日」のことを指しています。十字架に架けられて死なれ、三日目に復活して天に昇られた主イエス・キリストが、合図の号令がかかり大天使の声が聞こえて神のラッパが鳴り響くとき、天から降って来られる、つまり、主の再臨が起こる日です。その日が来ることを聖書は他の箇所においても語っています。たとえば、コリントの信徒への手紙一15章23節から28節には、再臨においての主イエスの様子が次のように記されています。「ただ、一人一人にそれぞれ順序があります。最初にキリスト、次いで、キリストが来られるときに、キリストに属している人たち、24 次いで、世の終わりが来ます。そのとき、キリストはすべての支配、すべての権威や勢力を滅ぼし、父である神に国を引き渡されます。 キリストはすべての敵を御自分の足の下に置くまで、国を支配されることになっているからです。26 最後の敵として、死が滅ぼされます。27 『神は、すべてをその足の下に服従させた』からです。すべてが服従させられたと言われるとき、すべてをキリストに服従させた方自身が、それに含まれていないことは、明らかです。28 すべてが御子に服従するとき、御子自身も、すべてを御自分に服従させてくださった方に服従されます。神がすべてにおいてすべてとなられるためです。」つまり、その日には、今は隠されており信仰の目によってしかわからない主イエスのご支配や権威が、主イエスの再臨において誰の目にも露わになり、明らかになるというのです。それによって、今のこの世は終わります。そしてその時には、既に死んだ者たちが復活し、またその時まで生き残っている者も共に主イエスと出会うために引き上げられ、そしていつまでも主と共にいるようになる、つまり、私たちの救いがそこで完成するというのです。そして、テサロニケの信徒への手紙一4章18節は、「ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい。」と結んで、本日の箇所5章1節へと橋渡しをしているのです。

ところで、当時のテサロニケの教会に集う人々にとっても、現代の教会に集う人々にとっても、また今このようにして立川教会の礼拝に集っている私たちにとっても、そのような「主の日」がいつ来るのかということは大きな関心事です。ですから、当然、その当時のテサロニケの教会に集っていた人々は、この手紙の著者である使徒パウロに、その日について具体的に尋ねたことでしょう。それに対するパウロの答えは、5章1節と2節に記されているように、「兄弟たち、その時と時期についてあなたがたには書き記す必要はありません。2 盗人が夜やって来るように、主の日は来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。」というものでした。その言葉と一見矛盾するようですが、主イエスご自身はマタイによる福音書やマルコによる福音書のなかで、「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。」とお語りになっています。つまり、これら二つの考え方をまとめてみるならば、「その日、その時がいつやって来るのかは誰も知らないけれども、盗人が突然夜やって来るように、必ず主の日がやって来るということは誰でも知っている」ということになります。3節の「人々が『無事だ。安全だ』と言っているそのやさきに、突然、破滅が襲うのです。ちょうど妊婦に産みの苦しみがやって来るのと同じで、決してそれから逃れられません。」という御言葉は、まさに、私たちが今、具体的に体験しているいくつかの事柄に当てはまるのではないでしょうか。

では、私たちは何をしてもその日から逃れられないならば仕方がない、と絶望してその現実に飲み込まれてしまうのでしょうか。あるいは、よくニュースで取り上げられているカルト宗教のようなものに、救いを求めて全存在をかけて依存してしまうのでしょうか。そうではありません。主イエスはマルコによる福音書13章33節で、「気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。」と語ります。そして、パウロも4節から7節で、「しかし、兄弟たち、あなたがたは暗闇の中にいるのではありません。ですから、主の日が、盗人のように突然あなたがたを襲うことはないのです。5 あなたがたはすべて光の子、昼の子だからです。わたしたちは、夜にも暗闇にも属していません。6 従って、ほかの人々のように眠っていないで、目を覚まし、身を慎んでいましょう。7 眠る者は夜眠り、酒に酔う者は夜酔います。」と語ります。ここでは、暗闇や夜に属するものとしての「盗人や眠る者や酒に酔う者」が挙げられ、光や昼に属するものとして「目を覚ましている者や身を慎んでいる者」が挙げられて、分かりやすく対比されています。しかし、私たちが自分自身の力で頑張ってそのように努めなければならないと勧められているのではないのです。大切なのは、5節に語られている「あなたがたはすべて光の子、昼の子だからです」という御言葉に深く聴くことです。そうすれば、この世の様々な事柄に目を閉じて眠ってしまおうとすることではなく、しっかりと目を覚まして物事を見つめ、そして、いたずらに不安がったり騒ぎ立てるのではなく、冷静に身を慎んで、一日一日を地に足を着けて過ごすということになるはずだ、とパウロは勧めているのではないでしょうか。その冷静沈着さこそが、今この時にこそ、世界中で、そして、私たちの身近なところで、何よりも求められていると、私は思います。

さらに8節には、そのための具体的な対処法が示されています。「しかし、わたしたちは昼に属していますから、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの希望を兜としてかぶり、身を慎んでいましょう」とあります。テサロニケの信徒への手紙一は、書き出しの1章3節で「あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐していることを、わたしたちは絶えず父である神の御前で心に留めているのです。」と語り出しています。そして、この8節では、信仰と愛は「胸当て」として、救いの希望は「兜」として、攻撃から身を守るための武具として具体的に描かれています。ある方は、これらのことを次のように語りました。「光の子として、主イエスの再臨を待ち、それに備えて生きる信仰者の歩みは、戦いです。しかしそれは敵を攻め、攻撃して滅ぼすための戦いではなく、守りの戦いです。私たちを眠り込ませ、酔わせ、正気を失わせようとする様々な力の攻撃に私たちはさらされているのです。その攻撃に耐えて、目を覚ましており、正気であり続けるために、信仰と愛と希望とによって守りを固めることが必要なのです。そのような光の子、昼の子であり続けるようにと、パウロはテサロニケ教会の人々を勧め励ましているのです。」それらの励ましが私たちにも、今この時、語られていることをしっかりと受け止め、地に足を着けて歩みましょう。

最近になって、世界がまた日本という国が、根底から揺り動かされるような出来事が続いています。そして、それらの出来事は、身近にいる家族や隣人をも疑ってかからなければならないような疑心暗鬼と憎しみと怒りの連鎖を広めています。そのような中での私たちの救いは、聖書の御言葉が力強く次のように語っていることです。テサロニケの信徒への手紙一5章9節から11節をご一緒に確認いたしましょう。「神は、わたしたちを怒りに定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによる救いにあずからせるように定められたのです。10 主は、わたしたちのために死なれましたが、それは、わたしたちが、目覚めていても眠っていても、主と共に生きるようになるためです。11 ですから、あなたがたは、現にそうしているように、励まし合い、お互いの向上に心がけなさい。」と記されています。テサロニケの信徒への手紙一の著者使徒パウロは、主なる神が私たちを怒りに定めたのではない、と力強く語ります。そうではなく、主イエス・キリストによる救いにあずからせていただけるように定められている、と語るのです。そして、私たちにとって何よりの慰めは、たとえ私たちが目覚めていても眠っていても、主と共に生きるにようと定められている、と畳みかけるように福音の中心が語られていることです。そして、そのためにこそ、主イエス・キリストが私たちのために十字架にお架かりになって死なれたのである、と語ります。そのことこそが使徒パウロが確かにとらえた確信でした。そして、この2000年という時の流れを貫いて語り継がれてきたキリスト教の福音でもあるのです。その福音に触れた者は、以前の暗闇に戻って惰眠を貪ったり怠惰で放縦な生活はしないはずだ、という使徒パウロの確信がそこにあります。私たちは、その真実の励ましと勧めに信頼して、励ましあいお互いの向上に心がけながら、共に歩んでまいりましょう。

立川教会牧師  保科 けい子

11月第4週の礼拝説教

■日 時:2025年11月23日(日)10:30~11:30降誕前第5主日礼拝 (収穫感謝日、謝恩日)
■説 教: 保科けい子牧師
■聖 書:新約:テモテへの手紙一1章12~17節(新約P384~385)
■説教題:「 わたしが憐れみを受けたのは 」 
■讃美歌:53(神のみ言葉は この世界に)464(ほめたたえよう、主のみめぐみ。)

11月第3週の礼拝説教

■日 時:2025年11月16日(日)10:30~11:30降誕前第6主日礼拝
■説 教: 保科けい子牧師
■聖 書:新約:マルコによる福音書13章3~13節(新約P88~89)
■説教題:「 最後まで耐え忍ぶ者 」 
■讃美歌:51(愛するイェスよ、われらここにあり。)226(輝く日を仰ぐとき、)

11月第1週の礼拝説教

■日 時:2025年11月2日(日)10:30~11:30降誕前第8主日礼拝(召天者記念礼拝)
■説 教: 保科けい子牧師
■聖 書:新約:ヘブライ人への手紙11章13~16節(新約P415)
■説教題:「 天の故郷を 」 
■讃美歌:493(いつくしみ深い 友なるイエスは)385(花彩る春を この友は生きた、)

10月第4週の礼拝説教

■日 時:2025年10月26日(日)10:30~11:30降誕前第9主日礼拝
■説 教: 保科けい子牧師
■聖 書:新約:マルコによる福音書10章1~12節(新約P80~81)
■説教題:「 神が結び合わせてくださったものを 」 
■讃美歌:6(つくりぬしを 賛美します)377( 神はわが砦 わが強き盾、)

10月第3週の礼拝説教

■日 時:2025年10月19日(日)10:30~11:30聖霊降臨節第20主日礼拝
■説 教: 保科けい子牧師
■聖 書:新約:マタイによる福音書25章1~13節(新約P49)
■説教題:「 ともし火を整え 」 
■讃美歌:4(世にあるかぎりの ことばをもて)
230( 『起きよ』と呼ぶ声、)

10月第2週の礼拝説教

■日 時:2025年10月12日(日)10:30~11:30聖霊降臨節第19主日礼拝
■説 教: 保科けい子牧師
■聖 書:新約:マタイによる福音書20章1~16節(新約P38)
■説教題:「 自分の分を受け取って 」 
■讃美歌:3( 扉を開きて われを導き)511( 光と闇とが 戦うこの世、)

10月第1週の礼拝説教

■日 時:2025年10月5日(日)10:30~11:30聖霊降臨節第18主日礼拝
■説 教: 保科けい子牧師
■聖 書:新約:マタイによる福音書19章13~30節(新約P37~38)
■説教題:「 天に富を積む 」 
■讃美歌:2( 聖なるみ神は われらの集いに)510( 主よ、終わりまで しもべとして)

9月第4週の礼拝説教

■日 時:2025年9月28日(日)10:30~11:30聖霊降臨節第17主日礼拝
■説 教: 保科けい子牧師
■聖 書:新約:マタイによる福音書18章21~35節(新約P35~36)
■説教題:「 憐れに思って 」 
■讃美歌:1( 主イェスよ、われらに)521( とらえたまえ、われらを。)

9月第3週の礼拝説教

■日 時:2025年9月21日(日)10:30~11:30聖霊降臨節第16主日礼拝
■説 教: 保科けい子牧師
■聖 書:新約:マタイによる福音書18章10~20節(新約P35)
■説教題:「 二人または三人が 」 
■讃美歌:20( 主に向かってよろこび歌おう、)390( 主は教会の 基となり、)